2019年11月17日

塩パンと塩爺い

何によらず、私たちは知らず知らずにストーリーを求めているのものですが、そう、人に歴史あり。まさに。
なにごとも過去にこだわるのが人間の悪い習性。パンもまた、その来歴に分厚い味の降り積もる過去があるものです。

パン・ド・ミもバゲットも、カンパーニュも、そんな来歴には、ひとかたならぬ、言うに言われぬ過去があるのでしょう。
私の過去は聞かないで。
人の魅力もこの過去にあるわけですから、パンもまた。

ヌフのパンにもその制作過程ですでに膨大な過去を羽織っています。
「ミニヨン・リモン」
命名はシェフですが、成形はわたしの受け持ち。当店のパンはそれぞれの秋で、これはわたし、此れはあなたと担当が決まっています。
パン・ド・ミとバゲットだけは仲良く二人で成形しますがカンパーニュはシェフ、ボヘミアンマンゴーはわたし、フリュイもわたし。
エピ・ザ・ツイストはシェフ。最後の新作のパン・ペイザンはシェフ。そうそう、「ハイジの白パン」はシェフ、「クララの豆パン」は私。リュスティックは自分の持ち分が早く終わった者から手がけます。

こうして作ったパンは思えばそのほとんどがオリジナルで、二人でどんなパンを作ろうかと思案して、そもそもどこかで修行した経験がないのでどれも無手勝流。パン・ド・ミやバゲット、カンパーニュなどの王道作品はとある私たちの深く尊敬する先生のご本を穴が空くほど読み返して、先ずはそれを忠実に再現して、そこからシェフがその嗅覚でアレンジして(無手勝流ですが、)出来上がったパンです。
以前にもこのブログで書いたことがあるのですが、下手な師匠(嘘っぽいパン屋さん)のもとで間違ったパン作りを学ぶより断然正解です。ポワラーヌさんが言いました。パンは感性そのものだ。上手い下手は持って生まれた感性で決まる。
「絶対音感」というものがあります。おそらく、「絶対味覚」というものもあるのでしょう。

シェフは子供達が小さい頃からお菓子やケーキ作りが大好きで、その長い修行のおかげでパン作りの応用に天性の力を発揮したのでしょう。

ではわたしたちのパン作りで思い出深いパンはと言うと。まずはこれ。君よ知るや南の国、はい「ミニヨンリモン」です。なかなか形が安定しないパンでした。クリームチーズが生地の中で爆発しないようにおっかなびっくりの成形です。手のかかるパンでした。

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次は、これ。

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名付けて、「恋のフーガス」。このパンも作らなくなってから随分経ちます。このパンはシェフも私も作っていましたが、苦労のみ多かった不肖の息子でした。なんせこのパン作りに差し掛かる頃が開店間際で、またとっても成形に手間取るパンで、最後はオリーブオイルを塗って完成。なんだか戦場のメリークリスマス状態で作っていたのが懐かしい。
命名は秀逸でした。

そして最後の傑作が、ご存知??? 「パン・ペイザン」です。

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このパンは生地が余ってシェフが私たちのお昼ご飯にと適当に考えてその場でちゃかちゃかと作り上げたのですが、焼きあがるとこんな美味しいパンはない。これは新作だ!と、気が早いのが私の取り柄。

「イモ・デ・ゴワス」「薔薇の名前」

ああ、そんな懐かしいパンのうち、23日は厳選して九つのパン。さて、何が飛び出すやら。乞うご期待!






posted by dady at 20:25| 神奈川 ☀| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年11月10日

お別れにあたって

長い間か短い間だったかはともかくとして、このブログを書きながらいつも自問していたことは、パンってなんだろう?
「人はパンのみに生きるに非ず。」
パンに罪はないけれど、人は衣食足りて生きる意味を問い直すものです。パンとお米には深い相関関係があります。私たち日本人がお米に殊の外精神性を探るように、パンもまた、その神秘の泉は尽きることがなく、毎度のことではあるけれど、パンを作りながらその奥深い神秘性に心を打たれることがなんどもありました。
思い通りにいかない。何度作ってもそのたびに違う。何が違うのか、違わないのか?菓子パンは変わりません。言い切るのは恥ずかしいのですが、菓子パンは具がすべて。具が美味しければ美味しいほどパン生地は片隅に追いやられてしまう。プレーンで勝負するほど無慈悲なものはありません。しかし、そこにこそパンの奥行きがあるのですね。生地の奥行き。水の加減。塩の加減。窯の温度。それらを司る作り手の心の在り処。
冬の厨房の冷え切った生地を扱う刹那、何度か、その一瞬に、神が降りたような瞬間があるものです。大げさかもしれませんが、下手は下手なりに神様は見ているのでしょう。
今振り返ると、あっ、これだ、というその一瞬。成形までは完璧だったのに、焼き上がった窯から出した瞬間に打ちのめされる。
何故だっ!
その繰り返しの6年間でした。うん。これだ。と思えたのは数えるほどでした。いつも売り場に立って、心ならずのパンを売ることは辛かった。
しかし、不思議なことに、気負いもなく、無造作に作ったパンが思いの外美味しくて、こんな美味しいパンがあるのかと心が震えたことも一度ではありません。フリュイも、パン・ペイザンも、試作段階でこんなに感動したパンはありません。
おかげさまっで私たちが作り上げたパンは何種類かの定番を除いてどれもオリジナルでした。恐らくは四十種類以上のオリジナルのパンを作り上げたのですがそのどれもが今は懐かしく、全ては絵に描いた餅となってしまいますが。
新しいパンを考えるのはほんとうに楽しかったですね。
袖触れ合うも他生の縁。そんな私達のパンが皆様の心に残ってくれたとすればありがたいのですが。

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パン・ペイザン



posted by dady at 21:52| 神奈川 ☀| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年10月30日

僕たちの失敗

長い長いご無沙汰でした。
ほんとうに失礼千万、穴があったらはいりたい。
いろいろなことを考えて、パン・オ・ヌフをどうすれば良いのか、わたしたちの人生をどうすれば良いのかと、これはちょっぴり大げさですが、しかし人生は抜き差しならない。
もちろんパン屋さんで食べて行くには私たちも年をとったのかもしれません。
ご存知の方もいらっしゃるかもしれませんが、ヌフの二階は建築会社コモハウスと云います。私の仕事はこれが本職で、シェフの仕事を手伝うのも本職ですがやはり如何しても二兎を追うもの一兎をも得づ。おかげさまでコモハウスも忙しく、どう頑張ってもヌフに時間が避けないのです。
二人で何度も話し合いました。パン屋は過酷な商売です。ましてや本物のパン作りを目指すとなるととても片手間では出来ない。
シェフの類稀なるセンスで今日のヌフがある。
最近は時間があればヌフの店舗であれこれ作業をしているのですが、ときどき営業していると思われて御出でになるお客様がいらっしゃいます。
つい過日、来られたお客様が、「ほんとうにこちらのパンは美味しいですね。もう食パンを焼くとパアッと小麦の香りが匂い立って、もう弾けるようなパンの美味しさにびっくりしてしまいます。」
ありがたいです。言葉もありません。それなのに、それなのに。
ほんとうに美味しいパンを皆様の食卓にお届けしたい。それは届いたのだろうか?わたしたちの目指すほんとうに美味しいパン。パン・ドゥ・ミ、バゲット、カンパーニュ。全身全霊でパン作りに励むともうクタクタで、これを一週間続けていた日々を振り返るともう奇跡のような気がします。
パン作りは若さでなくては出来ない。今でもわたしたちのパンに自信はあるのです。口はばったい物言いですが、ほんとうに美味しいパンは届けられたと信じたい。しかし。
わたしたちの失敗は、パンは金銭に変えられない、という事実と、パン屋という職業との板挟み、そしてもうひとつには、誰もほんとうに、ほんとうに美味しいパンを求めてはいないという哀しい現実。バルミューダというトースターが100円のパンを金のパンに変えることができるというのなら、私たちは何かを置き去りにしてしまったのかもしれない。
しかし、それでもわたしたちのパンはある。目の前にある。
気がつけば六年間。ほんとうにお世話になりました。ヌフの営業はこれをもって終了いたします。
最後の営業は11月23日の土曜日。この日はヌフらしく、九つのパンをご用意して皆様にお会いできればこんなありがたいことはありません。
それでも私たちは性懲りも無くパンを焼き続けるでしょう。
不定期ですが、焼けた日には旗を立てて皆様をお出迎えしたいと思います。
ヌフのパン・ドゥ・ミとバゲットは永遠にその姿を留めるでしょう。そして時にはカンパーニュ・べべも。

王子さまはたったひとつの薔薇の花を愛してくれたでしょうか。








posted by dady at 21:20| 神奈川 ☔| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする